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茨城生まれの兀々人生
『ふじた幸久物語』
軽快なフットワークで
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書籍紹介

書き下ろし共著翻訳本


【書き下ろし】

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「推薦します」
森 進一

「じゃがいもの会」のアフリカ・プロジェクトを立ち上げてくれた藤田幸久さん。 現場に足をはこぶフットワーク、世界から信頼されるネットワーク、庶民性あふれる ハートワークの秘訣が、冒険小説のように面白く書かれています。

政治家になりたくなかった政治家
〜NGOが政治を変える〜

著者:藤田幸久
出版社:ジャパンタイムズ
初版発行:2003/10
ISBN:4-7890-1149-6


はじめに
 私が住む田端の滝野川第一小学校の卒業式では、卒業生が体育館の壇上で卒業証書 を受け取る前に、一人ひとりが将来自分は何になりたいかという希望を述べることに なっている。毎年その卒業生たちの元気な声を聞くたびに、その夢に引き込まれてし まい、今ではここの卒業式に出席できるのが楽しみである。

 近年目立つのは、「ボランティア活動をしたい」、「人の役に立つ仕事をした い、」「心理カウンセラーになって心に傷のある人を助けたい」、「動物を助けた い」、「科学者になって環境問題を解決したい」、「プロ野球選手になって親を楽さ せたい、」「世界中を見て回りたい」、「漫画家になって人を楽しませたい」、「料 理屋になって美味しい食べ物を提供したい」、「Jリーグ、ボクシング、バスケッ ト、ヨットなどの選手になりたい」といった具合である。

 ほかになりたい職業として、介護士、保母、幼稚園の先生、女医、看護婦、獣医、 イルカの調教師、犬のトレーナー、通訳、ゲームデザイナー、バレエの先生、タレン ト、イラストレーター、小説家、インテリアデザイナー、美容師、などがある。

 驚いたことには、昨今評判の悪い政治家、役人、銀行員などがいないばかりか、サ ラリーマン、ジャーナリスト、弁護士、農業もゼロ。経済大国を支えてきた自動車、 電機、コンピュータなどハードの製造業もゼロ。飲食関係を除くと商店街を継ぎたい 人もゼロ。社会生活に不可欠な国語教師、刑事、鉄道運転士が一人ずついたのには救 われた気がした。

 これらのことから、以下の特徴に気がついた。

一、 会社などの組織ではなく、一人で出来る仕事が多い。

二、 社長や首相など、トップになりたい子供は一人もいない。

三、 人のために仕事をしたい、という意識が極めて強い。しかも、押し着せで ない自然な発想である。

四、 ボランティア活動やNGO(非政府機関)活動が職業として市民権を得た。
 私のように社会的に認知されていない時代にボランティア活動をしてきた者にとって は感慨無量である。

五、 動物や、環境や弱い存在に対して優しい気持ちがあふれ出ている。

 小学生たちは、私たち大人が作ってきた社会を本能的に否定し、そのひずみを是正 することを存在意識の中から求めているのではないか、と私は感じる。社会の「おか しなこと」を大人よりも本質的に把握している、これら小学生の感性や洞察力を摘ま ずに、伸ばしてあげることが、社会全体の病を救うことにならないか。

 そして、この「おかしなこと」のド真ん中にいるのが政治家であるのは間違いな い。この3年間に逮捕された国会議員が七名、辞職した国会議員が九名。辞職した知 事が三名にのぼる。すべてが政治とお金に絡むものである。

 その結果、貸し渋りで零 細企業の経営者が泣き、増税や医療費負担率の値上げでサラリーマンが泣き、癒着や 脱税、無駄な公共事業で税金が泣いている。しかし、泣いているのは私たち身のまわ りだけでなく、世界中でテロと大国による戦争の狭間で多くの命が泣いている。日本 国内でも小さな命が失われたり、小さな子供による犯罪で失われる命も激増してい る。そして欧州の熱波、地震、集中豪雨、冷夏など地球全体も泣いている。

「おかしなこと」を正すには、政治家に任せるわけにはいかないばかりか、政治家 だけが変わってできる状況はとっくに過ぎている。田端の小学生が察知しているよう に、今の大人社会全体を変えなければ、泣いている地球も、命も、零細企業の経営者 も、サラリーマンも、税金も救うことはできない。

大学時代のアルバイト先で、国会議員とそれにたかる選挙民の実態を垣間見た私 は、「政治とは汚いもの、はばかるもの、近づくべからざるもの」と感じ、世界中で ボランティア活動に従事していた。

 しかし、皮肉にもアフリカの難民キャンプで政治 家や行政の「おかしなこと」の現場を見せつけられることになった。

「政治は汚い」と無視することは余計政治を悪くし、結局、悪政や無策のツケが国 民を泣かせてしまう。ボランティア活動という良いことをしていると思う自己満足こ そ、独善的な無責任だということに気づいた。

 小学生たちは、いままでの社会と逆のやり方、生き方「おかしなこと」を直す道だ と感じている。これからは今までのやり方で「政治家になりたい人」、「社長になり たい人」、「役人になりたい人」に変わって、今までは縁のなかった人たちが変えて いく時代だ。

そして、その主役が小学生たちが描く、自由で、しがらみなく、思いや りの豊かな一般の国民でないだろうか。 NGO、つまり、自立してどこにも属さない国民が政治を変え、「おかしなこと」を 正していく時代である。

 本書は、私の生き方を変えてくれた世界の旅と援助の現場と、市民が政治を変えた 現場からの報告である。

2003年9月
藤田 幸久



【共著】

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『国連と地球市民社会の新しい地平』
著者/訳者名功刀達朗/編著 内田孟男/編著
出版社名東信堂
発行年月2006年12月
●本の内容

21世紀における地球ガバナンスには、国家、国際機構、議会、市民社会、NGO、草の根運動、民間セクター(ビジネス)、認識共同体といった多様なアクターの協働が必須であり、アクター間のシナジー、すなわち相乗効果を生む協働が有効かつ不可欠である。このような認識を共有する執筆者は学者、研究者、政治家、政策担当者、実務家、国連職員、ジャーナリスト、NGO活動家を含み、地球的課題の多様性に匹敵する多様な観点と展望とを提示している。

[目次]
   第1部
変動期の国連―挑戦と対応(国連のアイデンティティ・クライシス
構造転換する国連―フィールド・システムの形成と多様なアクターの連携 ほか)
   第2部
多様化するアクター(市民社会と災害救援―Civil Societyとは
情報ネットワーク時代の国連・企業・市民社会 ほか)
   第3部
企業とのパートナーシップ(国連とビジネスのパートナーシップ―企業の社会的責任(CSR)のより深い制度化を模索する 市民社会と企業の社会的責任 ほか)
   第4部
地球環境への取り組み(今、なぜ地球憲章か
人間と地球環境の安全保障を考える ほか)
   第5部
紛争解決へのイニシアティブ(国連と市民社会―議会、NGO、市民の連携による和解と紛争解決 国連改革と紛争予防―市民社会の挑戦 ほか)


【翻訳本】

『ソ連の反対制派たち - 私が見た人権闘争』

ビクター・シュパラー著  藤田幸久訳
(サイマル出版会,1981)

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<出版社より>
◆自由の実現であったはずの社会主義革命が、自ら統制の虜となり、「自由と人権」と統制の問題」は、人類史の新しい課題となった。

◆本書は、「暗闇を呪うよりも一本のロウソクに灯を!」と自ら人権擁護運動に挺身するノルウェーの画家シュパラーが、モスクワに飛び、親交を結んだサハロフら、したたかな反体制派たちの素顔を通して、自由な表現をめぐるソ連の官権との闘いを明らかにしたものである。

◆サハロフのノーベル平和賞受賞を実現させた活動をはじめ、ソルジェニーツィン、マクシモフ、ガリーチ、ブコフスキーなどとの数々のエピソードと、知られざる人権闘争の細部を書きつづった記録!
『日本の進路を決めた10年 - 国境を越えた平和のかけ橋』

元・MRA日本駐在代表 バーゼル・エントウィッセル著  藤田幸久訳
(ジャパンタイムズ社,1990)

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<「戦後日本の貴重な証言」 加藤シヅエ(元国会議員)より>
「日本はアジアの灯台たれ」、かつてブックマン博士は国際会議で私たちを励まされた。敗戦で肩身をせまくし、うちひしがれていた日本は今日世界が目を見張る経済大国になっている。だが、金だけではダメである。日本は地球家族の一員として愛されなければ栄えていけないとおもう。……………
本書は、戦後日本の進路を決めたもっとも困難な一九五〇年代の世界の優れた人たちの活躍交流記であり、元MRA日本駐在大使としての在日体験記である。だが、それだけではない。著者の体験と思想は繁栄日本への警鐘ともいえる貴重な証言録になっている。ぜひ、読んでいただきたい。

<1990年6月3日 朝日新聞「読書」欄より 書評>
 昭和二十三年六月、著者は戦後の混乱期にある日本に上陸した。MRA(道徳再武装)運動の指揮者としての来日であった。本書は、生活に追われ、希望を失っていた日本人の中に、真の民主主義に目覚め、国際社会に復帰しようという意欲をかき立てようとした十年間の著者の体験をつづったものである。有力な政治家、実業家を回想しながら著者は、当時の日本人の平和に対する真摯な努力を伝えている。
 その眼はあまりに好意的で少々われわれには面はゆいが、それは経済大国として新たな国際的孤立に直面している現在の日本に対する警告の意味を含んでいると解釈すべきである。とくに韓国やフィリピンへの謝罪を率直に表明した当時のMRAの日本人関係者の態度は、最近の日韓関係の推移の出発点として注目される。

<出版社より>
「1950年代の貴重な証言」
◆戦後日本の国際社会復帰、アジアとの和解、民主的復興の舵取りを担った指導者群像の回想記
◆国議会で謝罪、広島原爆記念碑碑文決定、東芝・石川島重工・国鉄の労使問題解決、日韓正常化の先駆け、岸首相の謝罪、安保騒動収拾、他の舞台での実録

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