オックスフォード大学研究提案

日本の「失った30年」を再生させる

~不可欠なstatecraftの確立~

2024 年  11 月  30 日
藤田 幸久

    私は、オックスフォード大学政治国際問題研究所客員研究フェローとして、「失った30年」と言える現在の日本の低迷の原因と日本再生への研究をしたいと考えています。大学のフェローとしての研究活動を同僚各位の協力を得て行うことに加えて、英国および他の欧州諸国の議会、政府機関、シンクタンク、メディア、NGO、労働組合等を訪問して、研究活動に加えて、私の国会やNGOでの人道援助や紛争解決活動の経験などを紹介したいと思います。

    また、現在欧州各国では、民主主義そのものに関する研究活動が行われていますので、危機にある民主主義をいかに再生させるかについても探求しようと思います。

    私は、この研究の成果を、英語と日本語の両方で本や記事、YouTube等で発表したいと思います。また、日本および諸外国の議会、政府機関、シンクタンク、メディア、NGO等との意見交換を行いたいと思います。

日本の失った30年

    英国「エコノミスト誌」が年頭に世界情勢を展望する「World Ahead 2024」から今年初めて日本が姿を消しました。この消滅は、日本が「失った30年」の低迷を示す以下のデータが象徴しています。GDPでドイツに抜かれ世界4位、一人当たりGDPが世界32位、国際競争力ランキングが35位です。GDPに占める日本の割合は1950年の3%から1994年には18%と米国に次ぐ世界2位となったのをピークに下降を続け、今年は再び3%へと下落しました

    2024年10月の総選挙は、その「失った 30年」を転換し、日本が再生へと向かう兆しを生み出しました。それは、Status Quo(現状)を維持しようする「現状維持派」と呼べる戦後日本の最大多数派が敗退したからです。日本だけではなく、米国のトランプ政権誕生や英国、フランス、ドイツなどにおける相次ぐ政権交代も「現状変更」を象徴する一年となりました。

    私は過去2年間「失われた30年検証研究会」という多くのメディア関係者が参加する研究会で、シニア・リサーチャーという立場で、各界42名の有識者からのヒアリングに基づく提言をまとめました。そこで得られた視点は、「失われた 30年」という傍観者的、評論家的な視点ではなく、多くの懸案に十分な対策を講じてこなかった戦後日本の政治、行政、社会に根本原因があるという視点です。つまり、「失われた30年」ではなく、我々自身が「失った 30年」をもたらしたという問題意識と対策こそが、日本の再生に不可欠であるという認識です。

「失った 30年」を招いた「Statecraft」の不在

    「失った 30年」が、経済問題だけではなく、政治問題でもあることが、昨年以来の政治とカネの問題の噴出で明らかになりました。丁度30年前の1994年に「政治資金規正法」が改正されました。多くの政治家や経済人の逮捕などによるリクルート事件を契機にした法律です。英国の制度にならい、中選挙区制度を小選挙区制度に改めました。また、企業の直接献金を廃止し、税金を財源とする政党助成金制度を導入しました。しかし、企業献金が政治資金パーティーという形で存続し、多くの政治家が制度の抜け穴を利用して裏金を貯めこんでいた実態が噴出しました。これが10月の総選挙で自公政権を少数与党に追い込むことになりました。

    かつて「政治は二流でも、経済は一流」といわれ、官僚機構と企業との連携による「日本株式会社」と称された日本の衰退の30年でもあります。米国による日米構造協議や年次改革要望書などによる「日本株式会社」の解体の30年ともいえますが、それ以上に、日本自身に国家の舵取りを担う「Statecraft」の機能が存在しないことが根本問題です。危機管理も含めて長期的、戦略的に「State(国家)を経営する」という、訪米主要国には存在する体制です。少なくとも誰の責任で何が行われたかがわかる体制が必要です。

消えゆく民主主義の探求

    失った30年のもう一つの側面が「消えゆく民主主義」といえます。

    先ず、三権分立の形骸化があります。英国にならう議員内閣制の日本において、国民に選ばれた国権の最高機関である国会よりも、国民からは直接選ばれない首相の権力が増大してきました。首相の都合による解散権問題が争点になっていますが、「英国の首相には自由な解散権が存在する」という学説が事実と異なることも、近年の学者の研究によって明かになっています。また、首相官邸による、行政官庁ばかりか裁判所、検察や日本銀行のような独立機関に対する人事権の行使も問題になっています。

    英国のように議員と官僚の接触を規制する規則が存在しないことも、官僚の中立性を弱めています。数年前の政治家に対する忖度による財務省の公文書改ざんがその一例です。

    英国などの欧米主要国に存在する、政府高官とメディア幹部との飲食禁止などのルールが存在しないことや、メディアの情報アクセスを制限する記者クラブ制度などが日本のメディアの自由度が71位という理由と言われます。メディアの中立性の低さは、国民が考え、判断すべき情報を阻害し、「現状維持派」が最大党とし君臨してきた背景にあると言えます。

    戦後に米国から与えられた民主主義の恩恵に浴するだけではなく、国民自らが主権を行使する「国民の、国民による、国民のための民主主義」の確立が必要です。

    日本は富を喪失しただけでなく、民主主義的価値を示す指標の多くも下位にあります。男女平等が世界125位、国会議員の女性比率148位などです。2023年の広島サミットまでLGBTの人々を支援する法律も存在しませんでした。これらの価値の尊重も重要です。

    欧州各国で行われている、民主主義そのものに関する研究活動からも探求したいと思います。

英国から学ぶこと : 改悪ではなく「KAIZEN」

    以上述べたように、日本は英国の様々な制度は模倣しましたが、その内容は必ずしも実行していません。日本は発明は少ないが「KAIZEN」が得意と言われ、日本企業の生産システムが称賛されました。しかし、政治制度などに関しては、これまでに述べたように「KAIZEN」ではなく、改悪してしまった事例が多々見られます。

    1868年の明治維新で近代国家を目指した日本は、鉄道システム、郵便制度、ウェストミンスター型議院内閣制、その他多くの分野で英国にならいました。1902年から1923年の日英同盟で国際社会との協力関係を築いた後は、軍国主義へと舵を切りました。

    第二次世界大戦後、日本は米軍の傘の下で経済復興に集中し、経済成長を遂げました。1994年までは驚異的な経済成長を遂げたものの、その後の「失った30年」の本質はどこにあるのか、英国などの欧州諸国からそのヒントを学びたいと思います。

研究課題

1. 政治とお金

    日本の国会は過去70年間、事実上一党によって支配されてきました。過去30年間、首相の4人に3人は世襲政治家であり、自民党議員の40%近くが世襲政治家です。国民多数が「現状維持党」に属してきたことも、世襲政治の背景があるといえます。

    こうした構造は、国会議員候補者が選挙運動に使える資金に制限がないことも一因です。英国にあるような一般市民が立候補しやすい選挙制度や、落選しても職場に復帰しやすい仕組みもありません。様々な経歴の国民、特に女性が選挙に立候補しやすい環境づくりを、英国から学びたいと思います。

2. 政府に対する議会の権限

    首相の権限が拡大しています。国会を自分の都合に合わせて解散できる憲法7条による解散がほとんどです。そのため、衆議院議員の任期は丸4年ではなく、平均約2年半が実態となっています。「英国の首相には自由な解散権が存在する」という学説が事実と異なることも、先に述べました。

    ウェストミンスター型議院内閣制の三権分立でありながら、首相は省庁、裁判所、検察、日本銀行に対する人事権を実質的に有しています。三権分立を遵守し、政治家と官僚の関係を規定するルールについて英国から学ぶべきです。

    国会はまた、憲法で国権の最高機関と定められているにもかかわらず、政府を十分にチェックする役割を果たしていません。英国議会が2017年に、イラクは大量破壊兵器を保有していなかったとして、英国がイラクに軍事侵攻した根拠を否定する結論を下したとき、トニー・ブレア元首相はこの決定を受け入れました。日本の国会はこのような権限を保有せず、日本政府は、いまだにイラクが大量破壊兵器を保有していなかったことを公式に認めていません。責任の所在を明確にしないことも日本のお家芸です。Statecraftには、議会の権限強化が不可欠です。

3. シンクタンクと監査機関

    日本には、王立国際問題研究所(チャタムハウス)、ウェストミンスター財団や、多くの欧州諸国に存在するような、政府とは独立して政策提言を行う議会や政党傘下のシンクタンクが存在しません。加えて、米国議会の政府行政監査院(GAO)などの独立した監査機関は、政府の業務を独立して監査します。GAOは、国防総省によるF-22ステルス戦闘機750機という予算要求を、わずか193機にまで減らした権限を持っているのです。またOECD諸国のほとんどが、国家債務や財政規律を検証する独立財政機関(IFI)を持っています。日本の国会は、省庁が提出した法案を厳しく検証したり、長期的かつ戦略的な政策を立案するための実務機関を持っていないのです。

4. 民主主義的価値観の尊重

    ジャニーズ事務所の社長は、数十年にわたって数百人の少年に性的虐待を加えましたが、日本のメディアはこの問題をほとんど無視しました。この事実は2000年代に英国のガーディアン紙などが報道したにもかかわらず、日本のメディアは組織的に見逃していました。BBCが2023年にこのスキャンダルに関するテレビドキュメンタリーを製作してからは、日本の政治家やメディアも見て見ぬふりができなくなりました。

    英国などに存在する政府高官とメディア幹部との飲食会合などに関する規定が日本にはなく、政治家、企業、メディア、芸能界との間の癒着した関係が、この問題を何十年も放置したと言われます。この関係はまた、女性、難民、移民、少数派、LGBT等の人々の権利に関する問題に沈黙の壁を築いてきました。

5. 国益第一の世界戦略外交

    英国はBrexitの後も、英連邦諸国及び長年同盟やパートナーシップを築いてきた国々との国益第一の世界戦略外交を展開しています。日本もこうした知恵から学ぶことができます。

6. 生き残りの戦略的産業と農業

    英国は製造業の多くを失いましたが、依然として世界的な影響力を維持しており、これはBrexit後も当てはまります。ロンドンのシティは、金利スワップやデリバティブを含め、ウォール街の2倍、日本の5倍の通貨を交換しています。英国のエンジニアリング産業は、港湾やエネルギープラントの建設を含む世界の大規模プロジェクトを主導しており、2012年のロンドンオリンピックで見られたように、都市計画のリーダーとしての評価を得ています。

    同様に繊維、造船、半導体などの製造業が衰退した日本も、英国から学ぶことができます。食料自給率が約39%まで低下している日本は、欧州諸国から機能的な農業について学ばなければなりません。ウクライナや中東での紛争で明らかなように、食料やエネルギー自給率が低いことが、安全保障上の極めて深刻な問題です。

7. リーダーを育成する大学教育

    日本の大学では、学生は1つの科目のみしか習得することができません。英国のように、哲学と政治と宗教といった、幅広い科目を同時に学ぶことはできません。このような幅広い教育は、高い道徳基準を持ち、グローバルに思考でき、長期的かつ戦略的な政策を柔軟に策定できる、リーダーを生み出します。これが危機管理も含めて、立場を超えてStatecraftを担う日本に必要な人材です。

8. 国民の、国民による、国民のための民主主義

    日本の民主主義は、実際には戦後、米国によって与えられたものです。日本国民は、民主主義を守るために戦ったことはありません。これが日本人に、国民主権と個人の自治の意識が希薄な理由です。自分の意見を表明せず、現状に従う傾向が強く「現状維持党」の温床になっています。国民の、国民による、国民のための民主主義を学び直す時です。

終わりに : AccountabilityとTransparencyの意訳

    私は、一方的に英国や欧州を礼賛するつもりはありません。欧州の友人達から欧州が数多くの問題も抱えていることも聞いています。しかし、問題をどう認識し、それに対してどう取り組むか、そしてState(国家)の舵取りをどう行っているかを精査したいと思います。加えて、海外の実態が日本に正確に伝わっていない原因も見極めたいと思います。

    例えば、Accountabilityは「説明責任」ではなく「結果責任」が原意に近いのです。a situation in which someone is responsible for things that happen and can give a satisfactory reason for them(行われたことに誰かが責任を持ち、その行いに納得のいく理由を示すこと)

    「説明責任」という意訳は、当事者が説明したかのような言い訳に使われ、「責任の所在と納得する答えを出す」という本来の意味を隠しています。

    Transparencyは、「透明性」というより、公正さに反する「汚職指数」として使われることが多いことを認識すべきです。a situation in which political and business activities are done in an open way without secrets so that people can trust that they are fair and honest(政治・経済活動が秘密なくオープンに行われ、人々から公平で正直であると信頼されること)が原意です。

    Transparency International というNGOが国別の汚職指数を毎年発表しています。日本は16位で先進国中で下位に位置していることも、Transparencyの意味が正確に使われていないことも理由かもしれません。

    こうしたギャップも、欧州諸国を訪問して検証したいと思います。そして、それらを日本の再生に活かしたいと思います。

    ご支援とご協力をお願いいたします。